飯田線旧国1983−電動車2
3扉ロングシート電動車と、3扉セミクロスシート電動車編です。

クモハ61
モハ40系列の出力強化型両運転台電動車です。3扉ロングシート車で、長距離を走る飯田線にはやや不向きで少数派でした。モハ40系列は全てロングシートの近距離用通勤電車として登場し、両運転台モハ40(→クモハ40)片運転台モハ41(→クモハ41)制御車クハ55などがありました。このうちモハ40(→クモハ40)のモータの出力を上げたものがクモハ61となりました。(因みにクモハ41の出力アップ版はクモハ60)元来クモハ40・41・60・61(*)には、平妻・半流・「合の子」モハ43のようなノーシノーヘッダ張り上げ屋根車も存在したようですが、最後に飯田線に残ったクモハ61は全て平妻でした。((*)その後、クモハ61に関しては、改造された5輌全てが切り妻だったとの情報をいただきましたので、クモハ61にはそもそも半流は存在していなかったようです。)


クモハ61005


クモハ61004(2輌目)


クモハ61室内

飯田線では、ロングシートであったことと両運転台であったことからだと思われますが、1両を除いて予備的扱いで、伊那松島区で待機していることが多かったようです。つまりロングシート車なのでできれば常時使いたくはないが、他の車輛に不具合が出た場合その車輛が上り向き・下り向きどちらの場合であっても両運転台を生かしすぐ代替に入れるという特徴があったためだと思います。このためか、貫通路にはつねに両側とも幌が準備されていました(運転台端貫通路に幌を常備していた車輛は珍しい)。

クモハ51・クモハ54

セミクロスシート3扉車がオリジナルのモハ51(→クモハ51)です。これの出力アップバージョンとなって登場したのがモハ54(→クモハ54)です。飯田線にはこれらオリジナルのクモハ51及びクモハ54が存在しました。このほか元来ロングシート車であったモハ40系列の片運転台出力強化型電動車モハ60(→クモハ60)をセミクロスシート化した車輛もクモハ54に編入されました。

オリジナルのセミクロスシート車であったクモハ54と、元ロングシート車クモハ60からのセミクロス化改造車の識別は容易で、前者がドア間窓が6枚であったのに対し後者は5枚でした。


クモハ54006 オリジナルの6枚窓車は珍しかった(この写真だと数えにくいですが)


クモハ54006(2輌目) 6枚窓が辛うじて確認できると思います


クモハ54(クモハ60からの改造車 扉間5枚窓)


クモハ54(クモハ60からの改造車)


クモハ54(クモハ60からの改造車)

クモハ54に関しては、元々オリジナルのモハ54は極端に数が少なく、モハ60からの改造車の方が圧倒的に輌数が多かったようです。これはそのまま末期飯田線旧国にもあてはまりクモハ54のほとんどが5枚窓のクモハ60からの改造車でした。またこの改造車はクモハ54100番台と呼ばれオリジナルと区別され、このクモハ54100番台は末期飯田線旧国のもっとも標準的な(悪く言えば「ありきたり」な)電動車でした。クモハ54は、その素性に関わらず、全てが半流だったようで、当然末期飯田線に残ったそれらも全て半流でした。

クモハ51に関しては、末期飯田線には、オリジナルのセミクロス車のクモハ51が一輌存在しました。これを含め、クモハ51のオリジナル車は、全て半流だったようです。またクモハ51には、クモハ41をクロスシート化したもの、クモハ40を片運転台化した上クロスシート化したもの、及び電動車−1編のクモハ50の項でも触れましたが、クモハ43の3扉化改造車も含まれました。このうち、クモハ40、41からの改造車は番台区分されず、クモハ43からの改造車のみクモハ51200番代となり区別されました。また改造車は全て切妻だったようです。
末期飯田線に残った、オリジナルクモハ51及びクモハ43からの改造車クモハ51200とも残念ながら出会えませんでした。